自由と放置

いろんな子育てがあるなといつも思うんだ。

なんとかトレーニングとか、なんとか法とか、そんな大げさなものでなくても、補助のついた鉛筆とか、矯正お箸とか。

私は一切しません。やりたくないの。おもしろくないやん。

 

私の周りには、おにいちゃんかっこいいなーってトイレ行く子や、一人でやりたい!ってなる瞬間とか、描きたい!書きたい!使いたい!っていう思いで、鉛筆でも絵の具でもうまいこと使う子がいる。2才だろうが3才だろうがお箸を使う子がいる。もちろんめちゃくちゃな持ち方です。

でも食べたい!には叶わない。お箸で食べれちゃうんですよねー。

そんな子供を観察するのが大好き。

不思議すぎるお箸の使い方で、うまいこと食べよる。

「やりたい!」には知識は叶わない。って思うんだよなー。

でも、年寄りなんかはすぐに未来の心配ばかりで、そんな持ち方じゃ将来困る!とかなる。

困る?

私はトレーニングさせない代わりに、自由と放置の違いをずっと考える。

チャレンジとハザードの境目に集中する。

 

こどもって、大人が静かにしていれば、どんどん成長する。

 

 

子供にとって必要なことって「あこがれ」とか、「かっこいい」とか、「うらやましい」とか、なんかわくわくすることやねん。せやし、そういう大人になれるように自分がどう生きるかだけなんよなー。燃えるわ!

 

 

こころのそばに。