大丈夫

梅雨だね。

毎日雨の中、ようちえんに送ります。時には、豪雨の中カッパ着せて預けます。

もちろん外です。やっぱり心配です。私は「心配」って言葉がほんとに嫌いです。

 

でもね、私自身心配症というか、準備の女なので、できる限りのことは前もってします。

前にも書いたかもだけど、旅行出て、荷物を過不足なくちょうどにしたいの。無駄なもの持っていきたくないし、足りないものがあるのもいや。とにかく旅行中の「時間」の無駄が嫌いです。

私にとって1番大事なものそれは時間です。

 

遅刻の話も書いたよね。

人の時間、自分の時間に無意識な人って、「愛情ある人」の反対語やと思うねん。

もちろん時には、私も遅刻します。完璧にしたいわけじゃなくて、そこに意識があるかないかって大事にしてるねん。

で、さっきの心配についてだけど、自分のことなら、それこそ「金」や「我慢」で済むことがほとんど。ないなら買うか、我慢するか、工夫する。

でも、まだ3歳になったばかり。初めてのことばかりの環境の中で、工夫するほど知恵もない。(もちろん3歳児なりに工夫して、考えてるねんよ)。だから想像できる限りの準備をする。

毎日意味わからんほど天気予報見て、気温、湿度、降水確率、それによって服装を決めて、準備して、着替えもリュックに入れる。しかも重量も考えないと、山を登る3歳児にタフすぎる。めちゃくちゃ楽しいことやねんけど、めちゃくちゃ真剣やねん。

下手したら、そのせいで楽しくない日になっちゃたり、風邪ひくとか、結局私の時間を割くことになるでしょ。だから、時間軸を長く、いろんな想像するわけ。

でも完璧はない。

 

準備してるものをそのまま脱いだり着たりするわけじゃないし、なーんも気にせずな日もある。逆にそんなことが気になったん?みたいな日もある。

でも大事にしてるのは、準備しつくして、「大丈夫」って思えるかどうか。

駿太朗ならきっと大丈夫。って送り出せるかどうか。自分のための準備やねん。

やり尽くしていると、そこに少しの不安もないから、ほんとに送り出した後、とてもリラックスさせてもらっている。

何回も言うけど、完璧じゃない。きっともっと工夫できる。その余白もわくわくする。

 

心配、心配。って相手の心配する人いるけど、心配って自分の問題なんよね。

自分のために準備して、私は大丈夫って状態まで行動してたら、心配なんてしない。きっと大丈夫って安心できる。不安や心配はさせられてるんじゃないんよな。勝手に自分がしてることやねんなー。

 

心配するなら頭使え。なのです。

 

例えば、離れている人の心配をするってこともあるかもね。ここでなにもできない。ちゃうで。心配のエネルギーも飛んでいくねん。せやから「祈る」その祈りは絶対届く。どうせ届くなら祈りのほうがええよな。相手がじゃなくて、自分が大丈夫って思えるまで祈る。それが信じるってことなんかもなー。

 

 

 

こころのそばに。