初めてのお花

昨日、父さんとこそこそ何やら企んでいるので、そのまま放っておいたら、勝手口からじゃーーーん!ってお花くれた。

母の日かぁ。

駿太朗は先月3歳になり、幼稚園に行くようになり、なんか1か月しか経ってないのに、成長が早すぎて目が回るほどです。

そんな3歳の駿太朗から初めての母の日のお花でした。そんな日があったりするのを父さんに教えてもらったけど、なんもわかってないけどね・・・。

昔からカーネーションって花が嫌いで、自分で買ったことなかったんだけど、うれしいもんだね。

なんだかカーネーションが好きになりました。

 

私も母にお花を毎年贈るのですが、カーネーション選んだことなかったなー。

派手な母なので、なんかゴージャスな感じにしたかったのよねー。

そんな母と同じ「母」となり、前に記事にしたけど、産んだ直後にあまりにも感謝の気持ちが出てこないので、自分がおかしいのかと思いましたが、年々理解できるようになってきた。同じようにはしないけどね。

こうして考えてみると、「母親業」ってね、めちゃくちゃ孤独なんよ。

同じように子育てしている仲間がいても、結局こどもそれぞれなわけで、とにかく「答えのない中」必死なわけ。だれかに「そうやねー」「頑張ってるねー」と言われるだけで救われる日もあります。

誰かに変わりにしてほしいわけでもなし、投げ出して違う人生を生きたいわけでもない。

でも、とにかく体力と気力の限界をすぐ超えてきよる。

アドバイスいらんねん!とよく言うけど、やること増えるだけやねん。いまで100%なわけ。

まずそこからやねん。

褒めてほしいわけでもないねんなんて言うと、どうせえっちゅう話に聞こえるけど、温かい目だけでええねん。

 

駿太朗の幼稚園についてまた別で書くけど、その幼稚園の先生がまさにそんな人やねん。

ただ優しいとかちゃうねん。

めちゃくちゃ説明難しいねんけど、「連絡帳」があって、そこに連絡も書くねんけど、保育の様子も書いてくれる時がある。ほかの幼稚園でもあってんけど、そこが明らかにちゃうねん。

内容のしょーもなさってわかる?

 

「先生」って立場で子供を見ている人の言い方やないねん。

そんな心の小さな動き、そんな癖あったんや。そんな行動できるようになったんや。

ってことの小ささこそがめっちゃ素敵やねん。なわとびできた!とか、自転車乗れた!とかそんな大層なことを子供に要求する保育ってわかる?ハサミ使えた。次は字を覚えて、次はかけっこがんばって。とか、大人が子供を誘導するような保育じゃなくて、駿太朗が自分でやりたくなったことを見守ってくれていたり、勇気を出して仲間に入ろうとしたことや、違うお友達といつもと違うことをするようになったとか、「しょーもない」やろ?でもこれが親が知りたいことっていうか、自分がこどもを育てていて見ているところやから、めちゃくちゃ安心するねん。親みたいにただ見守ってくれるのが私の心を支えてくれる。なんのプレッシャーもなくて、先生のそんな優しい温かい目がこどもの優しさを引き出したり、寄り添ったり、安心してチャレンジさせてもらえる空気っていうのかなー。

ほんまに安心してお任せしているねん。

そんな幼稚園あることみんな知らんやろ?

せやし、また記事に書くわ。

 

森のようちえん。園舎もない。ずっと野外活動って聞くと、「野生児を育てる」みたいに思う人いるやろね。ちゃうよ。

自然の中にいると勝手に自分の小ささを知る。

でもね、同時に可能性も知るねん。

それって体感しないと育たないやん?本で読むことちゃうねん。

こんな幼稚園のこといっぱい伝えていきたい。

学ぶことばかりですが、親も同時になんのプレッシャーも与えられず、ほんまに救われています。

ただ子供や母親の心のそばにいてくれる先生たちやねん。

 

またゆっくり書くね。

知りたい人いたらぜひ紹介してあげてください。

 

 

 

こころのそばに。