強くなりたいって。

20代、30代の女性からよく聞く「強くなりたい」という言葉。
私もそうだったのかな。何年もその言葉が引っかかって、しっくりこなかったんだけど、最近スッと理解できた気がする。最近ようやく、言葉にならない「強さ」が自分の中に炎として存在するのを感じます。美しい虹色をしています。
「愛」は自分自身を最強にする。
「強さ」とは、何があっても「抵抗」する力ではない。「強制」する力でもない。「抑圧」する力でもない。「反抗」する力でもない。
受け流す「しなやかさ」だったり、受け止める「ふところ」の広さだったり、寄り添える「ぬくもり」だったり、理解する「知恵」だったり、人を笑顔にする「ユーモア」だったり、ハッとするような「美しさ」だったり、何にも曇らされない「純粋さ」だったり、つねに循環する「新鮮さ」だったり、変化を恐れない「柔軟性」だったり、、、、
「強くある」ということは、自分自身の「ありのまま」を受け止めること。
自分以外のものを「ありのまま」見る力のこと。
自分に「こうあるべき」「こうあってほしい」と何かを課すのではなく、「そんな自分なのか」と受け入れ、次の選択をし、学びを深め、愛を深さを知る探検は、死ぬまで続く。
誰かに「こうしてほしい」「こうあってほしい」と期待をするのではなく、「そんなあなたなんですね」と知り、寄り添うのか、離れるのか、それもまた自由だ。そんな関係性が時空を超えて繰り返される。

 

自分自身と、自分以外と、関係性を築くとき、それが「愛」のベクトルなのか、「エゴ」や「恐怖」「不安」などのベクトルなのか?を見極める自分を、毎朝の練習のたびに思い出す。そんな時間が私にとって虹色の時間です。