思い出したー!

なにこのポーズ。

私の失敗が、そのまま我が子に振りかぶる…
なので、ま、いっか。ってできない。うまくできないことだらけで、日々新しいチャレンジです。

そんな1カ月を過ぎ、疲れも出てきた頃、風邪をひいた子供と一緒だったんですが、みごとに私も駿くんも風邪をもらい、駿くんに悪いことしました。新生児は風邪ひかないって言葉を勘違いしてたというか、過信してました。ひかへんわけないわな。1番小さい身体やのに。

鼻がつまりうまく呼吸できないから、毎晩溺れたように呼吸して起きる。咳をするので、泣く声もガラガラ声。頭を水平にすると苦しそうなので、一晩中抱っこしてました。幸い熱はなく、休み休みですが、よく飲んでくれるので、ゆっくり治します。


毎日失敗というか、発見が多く、この命を守るというより、生きる力に圧倒されて、励まされてばかりです。
この感じどっかで感じたなーと思ってたんだけど、さっき思い出した。
15年ほど前に、まだ東京にいた頃、初めてヨガに出会った日だ。あまりに上手くできなくて、悔しくて泣いたというより、自分自身の中にある生きようとするすごい力に気づき、これからの希望に満ちた道を見つけて泣いた日。
わからないことがわからないって、わかった日。
それ以来、ずーっと練習してきた。
練習のたびに何かを発見して、何かがわかるんだけど、その分さらにわからなくなり、また練習する。嫌な人は嫌だろうな。だって終わらないんだから。

そして畑だ。
例えば畑仕事を10年やったって、1年に1回のことを10回やっただけなんだよな。その都度天候は変わり、土の状態も変わり、一度として同じものはできない。何年やっても初めてなの。

私のヨガの指導でも必ずテーマにしているのが、この自分自身の中にある無知に気づくってこと。
出来ないことが悪いという、無知。
競争という、無知。
わからないことがわかってないという、無知。
いろんな無知に気づくと、その向こうには希望しかなくなる。ただおもしろくなる。1人で歩みを進めることが怖くなくなる。誰かと歩めることに感謝する。

もしかしたら、日々の練習だけに目を向けたら、そこにある意味が見えなくなる時もあるだろう。日々の水やりだけに目を向けたら途方もなくしんどいだろう。日々の子供のお世話だけに目を向けたら、ただただ作業が多く疲れるだろう。
向き合うのはそこじゃない。


子育てというチャンスをもらい、私の人生がさらに豊かになりそうでワクワクする。