ただいま、まだです。

ただいま。まだうちにいます。

 

朝からお庭のことして、一休みし、昼前から母と芦屋までお買い物とお花見。

大晦日を越して、新年を勝手に再び迎えたような朝だったわけですが、テンパりモード半端ない母と話すのは本当に疲れます。でも、話さないとわからない。向き合わないと終わらない。時には距離も大事だけど、これは結婚も同じで最近ほんとに痛感するのは、よく「子は、鎹(かすがい)」なんて言うけれど、元々問題のあった夫婦を繋ぐものではないということ。問題が後回しになっただけで、子供のおかげですべてがうまく片付くわけではないということを勘違いしている人もいるなーって。

 

すべての問題はその対象と向き合ったときにしか解決しないんだ。

で、母。

午前中、どこかへ行っていたらしく、ドタバタとうちにきて、不安を撒き散らし、うちの空気を一気にかき乱す。そして自己嫌悪に陥り、自分を否定しまくり、落ち込みまくる。このパターン40年以上。

無視です。

 

私は、一休みした後だったので、少し落ち着いて、その様子をお茶を飲みながら眺めて、家中のシーツや敷物を洗濯し、花粉症の旦那さんなので、お家で1番日の当たる場所にすべて干して、お掃除してスッキリ。

 

 

母は美味しいものを見つけるのが大好き。

それを人に言うのも大好き。

今回は芦屋のお蕎麦屋さん。

私はお蕎麦屋さんといえば、辛口の日本酒だったのが懐かしく、つまみを注文してしまう。

今回は、食べたかった筍。

筍は炭で焼いてあって、木の芽といただく。苦味が最高。

そして、うちの妹が死ぬほど好きな餅麩。これはゆず味噌で。うますぎて震えた。

そして、てんぷらをやめて、アボカドとチーズの揚げたの。これも濃厚でおいしかったー。

最後に温かい掬いたてのゆばのお蕎麦をしょうがで。汗だく。

 

おいしかったー!

この近所に大好きな調味料が揃っているスーパーがあって、そこによって、新作を試食しまくって、大満足。芦屋だけに高級品だらけで、どれも美味しいねん。試食万歳。

買わへんけど。

 

高級花屋さんには、ふだんの市場とは違うお花がいっぱいで、ワクワクします。

先週のチューリップが終わったので、今回は、こんなピンクと緑。私の大好きな組み合わせにした。ラナンキュラス以外の花の名前聞いたけど、全部忘れた。

あー、美しいお花を眺めるのしあわせ。

そして、移動しながら、母の話を聞く。ただ聞く。気分を聞く。

あなたのその気持ちはどこから来ていて、なぜ口に出さないといけないのか?

「こんなこと、ようちゃんのしんどい時に言うたらあかんな」って言いながら、黙るわけでもなく、毎日言い続けるわけを聞いた。

 

何を言ってもいい。

でも、私も言われた感想を言ってもいいってこと。

「なぜそれを今言うん?」ってね。

そうやって気持ちのすり合わせをしていくコミュニケーションをとったことがない彼女は、相手から意見が帰ってくると、「怒られた。」とか「傷つけた」とか、「あかんことした!」って思っちゃうんだ。

 

いいのよ。何言っても。でも、なんで言うの?の答えもちゃんと言って。て話をしました。

 

自分を否定し続けるのはなぜ?

自分のダメなところを探し続けるのはなぜ?

自分ができないことを真っ先に指摘して、口にするのはなぜ?

自分を小さく小さくし続けるのはなぜ?

などね。

 

人の評価が自分の評価にすり替わっているってだけなんだけど、本人が自覚しないとね。

ひとつひとつ聞いていく。もちろん答えなんてなんでもいいのよ。

でも、自分に「気づく」ことがない限り、その堂々巡りは終わらない。

 

変わらないこと。

たとえば、顔の形、骨の太さ、人種など。あるでしょ?そこを否定したり、ダメ出ししても、なにも変わらない。

たとえば、家族、育ち、学習能力など。「変えられない」と思い込んでいること。これ全部やめれるし、変えられる。

 

彼女はこれがごっちゃになって、「変えられることを変えたくない」から「変えられないこと」の文句を言いつづけているだけだったことに気づいた(たぶんね。気付け)。これって言い続けてもなにも変わらないって知っているから、考えなくていいというか、口からウンコです。言わなくていいことなわけ。

改善したい。向上したい。そう本当に願うなら、自分が変わらなきゃね。

 

そして、変えなくていいことまで、変わらなくていいんだよって。

自分の美しさや、おもしろさをそのまま感じ、表現していいんだ。幸せになってもいいんだって自分に言ってあげないとね。って話しました。

だいぶスッキリしたみたいで、どたどた走って帰らはりました。めんどくさい母ですが、うちの家族には必要な時間なので、頑張りました。

疲れましたが、清々しいです。

 

彼女が愛のディレクションを見失わないように、自分のことを大事にして、しあわせに生きて欲しいなーと思いました。