生理なのでクラス休みます。

この言葉を聞くまでに、5年経っただろうか。6年経っただろうか・・・。

早いから偉いとか、遅いからアホとかじゃなくてね。

人にはタイミングがあるでしょ。

 

彼女がこのスタジオに来て、ほぼ毎週クラスに来てた。

ガッチガチのカッチカチの、ぎゅうぎゅうの彼女で、見ているこっちが辛くなるほど自分を追い込む。自分を小さく小さくして、自分を窮屈にするために生きている姿はどこから来るんだろう・・・。謎で仕方なかった。小さな頃からの癖だろうとか思うんだけど、1本糸が外れただけで、そのお城はガラガラと音を立てて崩れそうで、どこから紐解いていけばいいのか、本当に悩んだ。

 

私は彼女の代わりに治ることはできないし、改良することもできない。

私ならそんなこと求めないからだ。それが愛だとも思わないし、優しさだとも思わない。だって自分の人生明け渡して、「誰かに変わりに生きて欲しい」なんて口で言ったって、きっとそんな人いない。

 

自分で自分の人生を生きれないと意味がないんだ。

で、私はずーーーーーーーーっと、両手を広げて待つことにした。

どんなに声が届かなくても、変化が見えても期待せず、ただ伝えたいことを伝え、クラスを構成し、効果が出ようが彼女はが気づいていなくても。

 

私だけでなく、いろんな先生のワークショップや、企画で体感してもらったりして、いろんなアプローチをしてきました。怖い怖いと思い込んでいた鍼治療にようやく行くことになりました。もう限界だったんだろうね。

 

そして、そのせいか、彼女が自分が「自分の人生を生きていること」にようやく気付いた。相変わらず、全然うまくできないこともいっぱいあるだろう。でも、あきらかに変化を体現している。

 

「生理なのでクラス休みます」

 

これで感動。

今までの彼女の人生ではあり得ない言葉なのです。

どんなに疲れていても、自分にできないことがあるなんて「だめ!」だから、いつも頑張る。血尿出ようが、血便出ようが、1回決めたことはやり遂げないと「なまけもの」。「できない人間」って思い込んでた彼女が休んだ。

 

嬉しすぎた。ほんとに。

彼女だけじゃなくて、人って思っているよりも「休む」ことに抵抗があるんだ。

「休む」ことが「負ける」ことだとも思っているのか。

 

勝ち続けることになんの意味があるのか?

できないことが人生をだめにするのか?

 

ルールだから守るんじゃなくて、根拠があるからなにか始めるんじゃなくて、ただなんだか知らないけど「自分を信じる力」が自分を前に進めたりするんだよな。

「自分を信じる力」は誰にももらえません。

自分の中に発見するしかないんだ。

 

これからもいろんな発見をする彼女が楽しみです!