ちょっとだけの命がけ

何年か前に、自分のティーチングを大きく変えた時期があるんだ。「先生」として「責任」を取るってどういうことだろうってことが見えてきて、自分の立場や在り方のイメージが明確になってきた頃。何年も自分自身が鍛錬し、学んできたこととは別に、「先生」として。「指導」するとはどういうことなのか?っていうのがパーーーンと見えたの。

 

ティーチングをし始めた何年かは、とにかく経験がないでしょ。だから、ひたすらクラスを増やして、クラスに生徒さんが1人だろうが、20人だろうがとにかく数をこなしてました。楽しくて、楽しくて、ヨガの魅力にやられていたわけで、充実していました。

怪我をしている人、病気の人、妊婦さん、老若男女あらゆる方に教えて、毎年全財産を使い果たし国内外のトレーニングを受けまくり、知識を増やし、経験を増やしていったわけです。

不思議なことに、今日に至るまで、学びに「飽きる」という経験はなく、ひたすら生徒さんにできることを探しまくり、時には、ヨガとは全然違うアプローチでワークショップしてみたり、みんなのお役になてることなら、私以外の講師を招くこともたくさんしました。

 

そんなこんなで10年を超えて、今日に至るわけですが、日常生活の中で私は「子供」と接する機会がやたらと多い。子供がいないのにね。畑で声をかけてきた子、お隣さん、姪や甥、クラスに来た子供達。私は子供と話している時が1番学びになるんだ。発見が多く、自分自身の経験が浄化されていくような不思議な感覚になる。子供達のためならなんでもしたくなるの。子供達が幸せでいられる地球にしたいんだ。大人が邪魔しない世界にしたいの。子供が先生です。

 

 

でね、今日、そんな日常生活の中で、ハッとしたの。

自分の人生を生きることと、指導者であることがバーーーンと繋がって、自分自身の「在り方」が1つになった感覚です。

 

指導者として怪我のないように指導する。それは当たり前のことなんだ。でも、実は怪我するってことも、そこからも学べるわけ。怪我しない、失敗しないって、生徒さんの「発見」「気づき」「経験」の邪魔してんじゃね?

すべての経験から学べるのに、「失敗」しないように、「知識」や「私の」「経験」で邪魔してんじゃね?これって「目先のサービス」になってんじゃね?

 

子供達が怖い目に合わないように、傷つかないように、毎日楽しく過ごせるように、っていろんな心配する。これって邪魔じゃね?もちろん、傷付いた子を見るほど辛いことはない。そして、失敗した時のあの変な顔。見るの辛い。でもそれって、こっちの都合だよねって。もちろん、毎日幸せに過ごしてほしい。でもそれは、傷つかず、失敗しないで、いいことだけが起こる人生ではない。

 

で、指導方法というよりも「在り方」を変えたていうのはね、自分が「愛」そのものになろうと思ったの。

そうやって指導していく中で、いままでの「目先のサービス」がなくなったわけなんで、離れていく方もいました。だって、冷たく感じるよね。先回りして失敗しないようにしてくれないんだもん。怖く感じるよね。だって、自分の足で経験するしかないんだもん。わかりにくく感じるよね。だって、時間かかるんだもん。

でも、生徒さんがどんな状態になろうが、私は絶対に事実を、真実を見るって決めたの。

そんなこと生徒さんは知らんやろけど。

だってそれは私の問題だから。生徒さんはどんな時も好きにすればいい。

伝わる人には伝わるし、そうでない人がいてもいいんだ。私のしたいことだから。

同じように、生徒さんも好きにすればいい。

 

子供達の場合は、少し違う。そんな急に「自己責任」です!とか、こわすぎる。

だからひたすら話を聞く。でも、意味不明な褒め言葉もない。

ただ聞く。その子の中にあるものを全部聞く。否定も肯定もしない。

そして、空っぽになったらまたその子の人生にニコニコ戻る。

そんなことをさせてもらえて、とっても幸せなの。

 

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私の親はある頃から異常に私を管理するようになりました。小学5年とかかなー。それまでは一人ぼっちだったのにね。なんだったんだろう。

心配をいつしか通り越し、先回りして、「風邪ひかないよう」「怪我しないように」「傷つかないように」「失敗しないように」ありとあらゆることで、私の人生を先回りしてきました。

 

そこからそれに反発するように生きてきた私は、中学生になった頃にはもうヘトヘト。自分の人生なんて生きる体力なくなっているほど弱り果てていました。寝ても覚めても疲れており、なにもしたくないの。接骨院行くか、曲書いて、一人の世界で生きるだけ。

 

親にこうして欲しくなかったなんて愚痴ではなくて、そんなことどうでもいいの。

さっき、「自分の全部」(先生としてとかじゃなくて、いろんな自分全部が)どうやって生きたいか思い出したの。なにがモヤモヤして、なにがイライラして、無関係を望み、一人を選んできたのかの理由がやっとわかった。めちゃくちゃすっきり。

そしたら、ダーーーーーーーーーって自由だった頃のこと、いろんなこと思い出した。

 

 

私ね、年子なのね。1つ下に妹がいます。未熟児で生まれた妹に手がかかるので、2歳のころから、1人で外で遊んでいました。友達も自分で作るし、好き勝手にしてたの。

・水たまりに寝っころがろうが、誰にも怒られません(もちろん後で怒られるけど)。

・乗ったことない三輪車で田んぼの溝にハマろうが、怒られません。(通りがかりの人に助けてもらったんだ)。

・みんなにご飯を作ってあげたくて、お米を研ぐんだけど、お水が白くなるのは小麦粉が入っているからだと、部屋中に小麦粉を撒き散らしながら、米を研ごうが自由です(これはめちゃくちゃ怒られたけど)。

・裏のおじいさんに三味線をただで教えてもらったり。

・お父さんの会社に(正しくは、道なんて知らないから、会社の方向ね)一人で三輪車で行って、迷子でパトカーで帰ってきたり。

・近所の畑のトマトを全部食べてみたり。

・河の濁流にどれくらい流されても平気かの実験をしてみたり。

・神社の塀を全速力で走り、そこから落ちて死にかけたり。

・水風船で通りがかりの人を水浸しにしたり。

・下駄履いて、自転車乗ってペダルに下駄の歯が挟まり、抜けなくなってそのまま川に突っ込んで米屋のおじさんに助けてもらったり。

・ホッピングで1000回飛べるか実験して、夜中じゅうお腹痛くなったり。

・指揮者になりたくて、勝手に弟子入りしたり。(お月謝なんて払ってなかったなぁ)

 

全部全部、冒険だったんだ。全部ちょっとだけ命がけやねん。

全部やってみたかったの。

もちろん大学生になり、生活圏が変わり、結婚し、海外に住み、目の前の親が関係なくなったら、また「好き勝手」に生きてきたので、親に管理された時代を忘れてた。

私の失敗や、めちゃくちゃの行動のケツを拭いてきてくれた両親に感謝してきた。

 

 

でも、初めて子供を産む私のために「これもいい」「あれもいい」といろんな準備をする親を見ていて、ぞっとした。私まだなにも言ってませんけど・・・。

助けてってまだ言ってませんけど・・・。(親の気持ちはめちゃくちゃわかるけどね。でも、それって自分の不安を消すためで、私のためではないんだよな・・・)

 

私は子育てで失敗しちゃいけないの?

自分でしか発見できないことを発見しちゃいけないの?

 

って「子供の頃の私」が教えてくれた。

親が嫌いなわけじゃないんだ。ありがたいし、愛されていることはわかる。

でも、私の人生をこれ以上わけてあげることはできない。ってね。

 

もし、私の人生に乗っかりたいなら、あなたも一緒に私と冒険してくださいって話。

あなたの人生に乗っかる気の無い私には、あなたたちが安心するためにこれ以上自分の人生をなかったことにできないのです。

 

「私は冒険がしたい」ってわかっただけなんだけど、すっごい楽になりました。

自分がどう在りたいかが明確でなくて、不満ばかりが自分の中に溜まっていくときって辛い。

親が嫌いだと思うのって辛い。

親から無関係になりたいわけじゃないのに、うまく自分が伝えられないって辛い。

言葉にならない気持ちが自分の中にずっといるのって辛い。

あーすっきり。

私は両親が大好きだってこともわかったし、自分の人生を生きるのは両親を捨てることでもなければ、孤独に生きることでもないんだな。

 

大切な大切な、今の自分の家族たちと、いっぱい失敗して、いっぱい発見して、いっぱいどんくさくて、いっぱい幸せになって、それがいっぱい思い出になって、生きることにワクワクする力が湧いて、すべてに感謝し、家族のみんなそれぞれに冒険して生きていこう!って思ったの。失敗しないための知識なんて、糞食らえなのです。うひひ。