習うことの意味

こないだ人生2回目の料理教室に連れてってもらってから、料理の感覚が変わっています。おもしろ。

見るポイントが変わったので、感じることも違うし、行動も変わる。

「習う」ておもしろいね。

新しい感覚が開けるんだ。

 

こないだも、叔父の家で健康の話になって、いっぱい本買って、情報仕入れて、努力してはるねんけど、ポイントずれている。これは、あほってことではない。

習うことでしか見えないポイントがあるんだ。だから先生という人がいるの。

先生は間違いを訂正するだけ人ではない。

その人の可能性を開く人ね。

 

そのポイントを1つ伝えただけで、動きは激変する。(本人が気付こうが気づこまいがね)。

自己流ではたどり着く場所も範囲がしれてる。

クラスで何を学にたいか?ってことも重要ですが、「素直」であることが大前提。

このトピックで記事を書いたこともありますが、素直になれない人は性格や育ち、経験が悪いわけではない。

「本人が変わる気がない」それだけです。

 

変わる気のない人は「聞き」ません。

聞こえているだけで、響きません。

 

でも、やっぱりどこかで聞いていている。

 

そこで大事なこと。

「変わる」ことが大事なんじゃなくて、自分の居場所がわかっていることが大事なんだ。「変わりたくない自分」でもいい。「変わって」もいい。自分がどうしたいのか?をわかっていることが大事なんだ。

 

とにかく、料理が家族の健康を作るんだってことが面白くて仕方ないんだ。ごはんが人生を変えるってすごいことだ!

今のうちに、知りたいことについて、習いに行ったり、毎日3冊ペースで本を読みまくる。

知りたいことが山積みでワクワクする。

今朝は、キッチンのカウンター台を大きくしたくって、天板を見に行ってました。

木にもいろいろあってさ。そのことをお店の人に教えてもらって、知らないことだらけだったので、ワクワクぅ。

素敵な木に出会えますように。