これかー。

妊娠してからずっともやもやしていたことがありました。
でも、もやもやなので、なんだろう・・・って思って脳に放っておきました。
昨日、ある記事を見てハッとした。
子供がいない夫婦に、「子供いない税」みたいなのを作る話。
これだ。
なんで、子供いない夫婦が、子供いる夫婦の補助しなきゃいけないの?意味わからん。
子供いない夫婦は実際お金あります。でも、それもその夫婦の選択なわけで、だれかにとやかく言われる筋合いはない。お金あれば幸せとか、ないから不幸せとか、子供がいれば幸せとか、いないから不幸せとかもないやん。
うちの母は、40歳を超えても子供を持たない私たちの生活に一切口を出したことはない。
結婚しない子にもう言えなくなったみたいな感じとはまた違って、うちは、小さな頃から勉強しろとも言われないし、なにかしろっていうことは一切言われたことがない。その代わり、「それであなたは幸せなの?」という壮大な問を小さな頃から投げかけられていました。それってすごいプレッシャーな頃もありました。
母は、子供を産めとは1度も言ったことなかったです。でも、自分が3人の子供たちを産んで育てたことが幸せだといつも言います。だからいつも、「ふーん、あなたはね」って感じで羨ましいとも思わないし、それはそれって感じでした。
そのおかげで、世の中の物差しで自分を計ることもなく、自分の思うように生きてきました。もちろん、子供がおなかにいる幸せは他の何にも変えれない。それは感じますし、感動するのもわかるし、他の人にも味わって欲しいのもわかる。でもね、実は、わたし、子供を授かる前から毎日幸せだったのです。自分のやりたいことを見つけられたことも、自分の家族が持てたことも、パートナーと好きなことを、好きなタイミングで、好きな場所でできること。家族が元気で、その子育てをサポートできること。友人との関係、生徒さんが何かを発見し、自立し、さらに楽しい人生を歩む姿を見ること。すべての中に、私は幸せを感じ、感動していました。
わたしにとって、1番幸せとかないねん。
もちろん新しい命なんて奇跡です。
でも、それ以外に起こっていることもすべて奇跡。
逆にいうと、奇跡なんてない。
全部自分が歩いて来た道にあったことで、自分で起こしてきたことで、自分がなにかしたから、帰ってきただけのことかもしれない。ただ、その自分に起こったことを当たり前だと通り過ぎて生きるのか、その都度気づき、感謝できるかどうかの違いが、その人の幸せ違うんかなあ。と思いました。私はやたらと、いつも「ミラクル〜」と感動ばかりしています。
毎日、感動し(ホルモンによる意味不明な涙もね)、感謝して生きていくことくらいしか私にはできないなーって思ったのでした。
自分に起こった奇跡をみんなに分かち合いたい気持ちもわかるけど、自分が存分に味わえばそれでいい。人にも同じようにしてもらわなくてもきっとその幸せは、それぞれの人にとっての幸せとなって届くはず。羨む必要もないし、焦燥感なんて味わう必要もないし、もう十分に幸せを手にしていることに気づけばそれだけでいいのにね。
いろんな経験を通して、新しい自分を発見するのは楽しいです。

 

それは、みんなと同じ経験でなくていい。