みんなへ

私はヨガを指導していますので、治療家ではありません。医者でもありません。
だからそもそも誰かを「治そう」なんて思ってないのです。
では、なぜうちに来ると不調がなくなるのか?治っちゃうのか?調子がいいのか?
これは私がお医者さんをあまり頼りにしていない理由の反対をみんなにしているからです。
どんなにいいドクターがいくら問診して、診察してもらっても、その症状について話すことはあっても、どう生きてるか?どんな生活してるか?なんて話さないでしょ。なに食べて、どんなうんこして、どんな人間関係に疲れていて、どんな風に生きたいか?なんてお医者さんには話しません。(もちろん、ドクターとそんなこと話せたらいいんだけどね)
そして長時間の待ち時間の末、診察され、症状に関しての「薬」は出るでしょう。
で、その症状はおさまる。でも、それは「治った」わけではない。
一時的に「黙った」だけだったりする。だから毎年のように同じ季節に、同じような症状に苦しむ人がいたり、慢性的に症状が出続ける。こんなこといつまで繰り返すんだ?
でも、ここ最近、クラスの前後で話していて気になることがある。
それは、「自分がどんなこと考えて」「自分がどんなこと感じて」「自分がどんな風に生きたくて」「自分がなにを望んでいるのか」なんてことを感じる時間や余裕のない人がいること。「自分自身の話」がないの。そういう人は「自分のダメなところ」「直したいところ」はいっぱいあるんだ。でも、今の自分が何を感じているのか?聞くと、「ポカーン」となる。
毎日同じことの繰り返しでも、発見のある人と、ない人がいるんだ。
自分自身への関心がない人が、どんなに練習しても、その方への働きかけにならない。もちろん身体に変化は生まれます。
でも、それはお医者さんと同じなの。そのときだけ「元気」。もちろんその小さな元気が源になり、みんな変化していくから何年もそんな方と向き合うんだけど、何年も「自分」を感じることなく、「本当のこと」に目を背け生きる人もいるんだ。
どんなこと考えて、感じて・・・なんて考えてると疲れます。でも、だれがそれを聞いてあげるの?苦しい症状になって出てくるの待って、お医者さん行っても、こんがらがった糸は、どこから解けばいいのかわからないほどになってるんだよ。だから少しでいいから自分のこと聞いてあげてください。そして言葉にしてみてください。ふっと心にスペースができて、新しい風が吹くよ。
自分のことなんてくだらないって、自己判断しないでどんなことも話してね。みんながいるところで話す。いやでしょ。でも、それが大事なの。治すために話すんじゃない、ただ話すの。本当のことを。みんなもみんなの本当のこと知りたいし、そうやってここには仲間がいます。
自分や他人を「判断」しているうちは見えません。
どんな自分からも、人からも「学ぼう」と自分自身のあり方を、ご自分の中心に据えたとき、本当のこと言うなんて、「弱み」を見せているように思うかもしれませんが、クラスが終わった頃には以前の自分が自分の「強み」になってたりするから不思議だよ。
 
私は私で学び続けることしかできません。

 

そうやってお互いに「成長」できる場でありたいと願っています。